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十五少年漂流記 ジュール・ヴァルヌ 波多野完治訳 新潮文庫 1888年初版を読んで

十五少年漂流記 ジュール・ヴァルヌ 波多野完治訳 新潮文庫 1888年初版 今ではどうしてこの本を手に取ったのか覚えていない。 おそらく下高井戸駅の駅中にある本屋啓文堂書店で購入したと記憶するが いきさつや日時などははっきりと思い出せない。 購入してからほったらかしにしていたのだ。 特に読みたかったわけでもなく、本が欲しかったわけでもない。 きっと同棲中の彼氏と喧嘩して家を飛び出し、カフェで時間を潰すために購入したもののような、時間つぶしのための本だったのだ。 なぜこの本を読み進めようと思ったか。 理由は2つある。 手持ちの本がつまらなくなってしまった。 石田衣良の文庫本「婚カツ」やら「愛のない部屋」などを読み漁って 長風呂のお供やトイレの中などで表紙がなくなり、紙がしわしわになって黄ばんでいくまで読みふけていたのだが、ある時その甘ったるい使い古されてきた文面とあまり流行に乗っているとはいえない登場人物たちの服装に飽きてしまったのだ。 新しい本を買おうか、トイレに積まれているヘンリー・ジェイムズの作品集を読もうかと思っていたところー学生のころヘンリー・ジェイムズを研究していたーきれいに書店のブックカーにつつまれたこの本を見つけたのである。 まず裏表紙の映画でいうトレーラー的なあらずじを読んだ。 冒険物などは初めて読むから好きになれるか心配だったが とりあえずカバンに入れて持ち歩くことにした。つまりは時間つぶし要因として。 しかし、振り出しに戻るようなことはなかった。 その理由は3つ。 3つのうち2つは不誠実な理由だが紹介しよう。 まず1つ、通勤時間に携帯電話を触るよりも本を読むことになってしまったから。 なってしまったというのは、携帯電話の通信制限がかかってしまい、かたつむりスピードしか出せなくなってしまったから。 もう1つは、夫ー同棲していた彼氏は夫へと変化した、月日の流れーに趣味がないことを馬鹿にされたことへのささやかな反発から。 最後の正しい理由としては読み始めてすっかりこの冒険ストーリーに取り込まれてしまったからである。 ここで不誠実な理由の2つを詳しく説明することは避けよう。 後日またする日が来るだろう、話がずれてずれて戻れなくなる可能性があるからだ。